SKK-225
ザ・ピーナッツのヒット・パレード vol.6 アラウンジ・ヨーロッパ
SIDE 1
  1. 愛は永遠に
  2. 天使のためいき
  3. 太陽のかけら
  4. 霧のカレリア
  5. いつも青空
  6. 春のときめき
SIDE 2
  1. 花のささやき
  2. 明日を忘れて
  3. そよ風にのって
  4. 乙女の涙
  5. 悲恋
  6. 明日になれば
全編曲 宮川 泰
演奏 レオン・サンフォニエット
  

★SIDE 1の1曲目とSIDE 2の6曲目以外はヨーロッパ産中心のカヴァーです。
またSIDE 2の6曲目の『明日になれば』はシングル盤とはアレンジを変えてこのレコード用に新しく編曲し直してあります。シングル・バージョンの方がリズム感とスピード感が強調されていて、アルバム・バージョンの方はこのアルバムを順に聴いて行くと、その流れに合った作りになっています。まさにヨーロッパ調。
今回レコードを入手して初めてジャケット写真を見たわけですが、動きのあるポーズと、洗練されたデザインはザ・ピーナッツのセンスの良さをよく表していますね。
こういうスタイルがビシッと決まるのも日頃の稽古の賜物でしょう。
日本でミニスカートがブームになったのは翌年昭和42年のことでした。

★このアルバムが発売された昭和41年にどんな歌がヒットしていたかというと、
「君といつまでも」(加山雄三)、「悲しい酒」(美空ひばり)、「星影のワルツ」(千 昌夫)、「バラが咲いた」(マイク真木)、「いっぽんどっこの唄」(水前寺清子)、「星のフラメンコ」(西郷輝彦)、「ラブ・ユー東京」(黒沢明とロス・プリモス)、「骨まで愛して」(城 卓也)など。
海外では、「夜のストレンジャー」、「ララのテーマ(ドクトル・ジバコ)より」、「花のささやき」、「この胸のときめきを」、「男と女」、「思い出のグリーン・グラス」、「夕陽のガンマン」、「マリソルの初恋」などで、映画のテーマ曲の多さにあらためて感心するのですが、日本の歌謡曲と外国のヒット曲のギャップにとまどってしまいます。
当時のレコード購買層はどういうものだったのかな。このころ歌謡曲はまだヒットすると全年齢層の国民が歌えた時代だったようですね。でもたとえば「星影のワルツ」を買った人がフランク・シナトラの「夜のストレンジャー」を聴いたかどうか・・・。逆に音楽は何でも貪欲に聴いていたのかもしれません。
でもビートルズを聴いてる人は演歌調の歌謡曲は聴かなかったと思うのですが・・・。
前にも書きましたが、ポピュラーを歌ってきた歌手たちもだんだんと歌謡曲に転向する時期に来ていた頃でした。
城 卓也も昔「菊地正夫」という名前でロカビリーを歌っていたというし、園まりもこの年は「夢は夜ひらく」をヒットさせました。(♪15.16.17とあたしの人生暗かった)「1970年」の藤 圭子の歌詞とは違います。

★この頃のザ・ピーナッツの位置付けはどうだったのでしょうか。
シングルでは前年12月の「乙女の涙/明日になれば」、5月の「愛は永遠に/花のささやき」、8月「シュガー・キャンディー/スパニッシュ・フリー」、10月「ローマの雨/銀色の道」で、片面がオリジナルの歌謡曲、片面がカヴァー曲というものが続き、徐々に両面とも歌謡曲になっていきます。
この片面歌謡曲・片面カヴァーというレコードは昭和37年頃から出始めたようで、レコード会社はどちらをA面にするかかなり迷っていたと考えられます。最終的に良いと思った方をA面に持ってきていますが、結果を見るとB面の方がヒットしたということも少なくありません。
「ドミニク」、「ブーベの恋人」、「明日になれば」、「花のささやき」など。
歌謡界の流れと、外国産の歌はオリジナルで聴くという図式も定着してきて、ピーナッツもこの年の「シュガー・キャンディー/スパニッシュ・フリー」がカヴァーのシングルとしては最後になりました。

★この年、アメリカの「エド・サリバン・ショー」と、「ダニー・ケイ・ショー」に相次いで出演しています。
帰国後のピーナッツが語ったことは、本場のショー・ビジネスの場で仕事をする機会に恵まれて、良い経験をしたと共に、これからは日本語の歌=歌謡曲を歌っていきたい、というものでした。そして「ローマの雨」を大プッシュして行ったのです。
しかし、このアルバムではよくぞこれだけピーナッツに合う曲を見つけてきたなと思えるほど、すべてがザ・ピーナッツにぴったりの素敵な歌ばかりです。もちろんピーナッツの歌唱あってのことですが。

世の中のブームや流行がどうあれ、ザ・ピーナッツはその存在自体がひとつのスタイルだったと思える歌手だったのです。


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